2.ボクの見つけた理屈

 年を取ってもいつまでも動く体を手に入れる方法として、漠然と思ったのは「運動する」ことです。
当たり前ですね。

動かさないと体はどんどん衰えるという法則があって、これを難しく「廃用性萎縮」と言うそうです。脳も体の器官の一つですから、この法則が支配していると考えると、使わない脳はどんどん衰える、ということになります。アルツハイマー型に限らず、様々な認知症に冒された脳の断層写真を見ると文字どおり萎縮しているのがわかります。

よし、衰えないように使えばいいんだ!

結論を先に書いてしまいますが、実はこれだけでは不十分なのです。
ただやみくもに体を動かしてもダメで、そうすることに「意義」があり「目的」がないと長続きしないのです。
頭を使うのも同じで、毎日「脳トレ」ばかりしていても、そのうち虚しくなりやる気が失せてしまいます。こちらもやっぱり「意義」や「目的」を感じないと飽きてしまうのです。

でも考えてみれば、これは素晴らしいことです。
「意義」や「目的」があれば、人間少々疲れていようがなんだろうが、苦しいトレーニングに耐えて自分の能力を向上させることができるということなのですから。

では「意義」や「目的」はどこから生まれるのだろう?
ボクの答えは

自分のやりたいことから「意義」や「目的」が生まれる

です。

幸いボクは生まれつき好奇心が旺盛な方で、力のないくせに興味を抱いたテーマにのめり込んでいくタイプでした。
たとえば登山がそうです。
はじめは友達に誘われて易しい山に登ったりしていましたが、ある日、八ヶ岳農場から見た阿弥陀岳の勇姿に感動し、自分もあんな高い山に登りたいと思いました。
それからすぐに出来たばかりの町の山岳会の門を叩き、岩登り、雪山、山スキーとどんどん深みにはまっていきました。
おかげで、それまでひ弱だった体力も、それほど強くはなりませんでしたが、まあ人並みくらいにはなったと思います。
その他、音楽や読書、トライアスロン、ピアノ、ラテン語など、ボクはいろいろなものに手を出しました。
どれも情けないくらい中途半端でしたが、やっているときは、結構生き生きとしていたと思います。

この伝でいけばいいんだ、と思いました。
とりあえずは、好きな山登りを続けるために、体を鍛えよう。
そうすれば、次に登る山のことを考えながら生き生きと運動に取り組める、と。

次に考えたのは、「栄養」です。
You are made of what you eat. という有名な言葉があります。
お前は自分が食べたもので出来ている。
これは結構深い言葉だと思いますが、いくら運動しても栄養が偏っていたのでは十分な効果が得られないのは当然です。
でも、何をどれくらい食べればいいのか、納得出来る理屈が見当たりませんでした。

当時主流だった「香川式栄養学」では、食品を大きく四つに分けて、それぞれをバランス良く食べるのが体に良いのだと主張されていましたが、それは経験的にはじき出されたものであって理屈がない、と私には感じられました。

そこに登場したのが三石巌さんの「分子栄養学」でした。
三石さんは物理学者ですが、いち早く生物学のセントラルドグマであるDNAをベースとした分子生物学に基づいて栄養学を再構築したのです。
要するに高タンパク・メガビタミンの栄養学で、DNAをきちんと動かすためにタンパク質をしっかり摂り、また、生物の老化は主として活性酸素のせいだから、代謝のプロセスで発生する活性酸素をビタミンの力で出来るだけ早く大量に除去すれば年を取りにくくなるという主張でした。

彼自身は95歳まで長生きし、その最後もスキー中に風邪をひいて亡くなったというからすごいものです。95歳でスキーが楽しめたという事実で、自分の理論を実証したわけですが、それよりも何よりも、彼の主張には完璧な理屈があったというそのことにボクは惹かれ感動しました。
かっこいい!

こうしてボクは、「廃用性萎縮の法則」と「分子栄養学」を、いつまでも動ける身体といつまでもボケない脳を手に入れる理屈として採用することにしました。


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