15.こころ改造を考え始める
もちろんきっかけはアフタークリニックです。
メンタル系の不調について何の知識もなかったボクは、仕事として会員さんの日記にコメントをつけながら大慌てで勉強し始めました。かつて会社で上司から「ニューラルネット」について研究するよう指示されたこともあり、もともと脳科学については勉強していてある程度の知識はありましたが、それはサイエンスとしての話であり、医療としての取り組みではなかったので最初はまったくの手探り状態でした。
勉強していくうちに、この分野は実に広大であり、またよくわかっていないことだらけであることを知りました。それはそうです。こころを調べようとする主体はこころそのものだからで、一種の入れ子状態の関係にあるためです。
ただ、「こころ」は思っているよりはるかに受け身で機械的な存在であることが近年わかってきたという事実に勇気付けられました。相手が機械なら、それを制御する方法があるはずだ、と思ったのです。
こころが機械であるという見方そのものは、スキナー(アメリカの行動心理学者 1904-1990)の頃からありました。
S-Rシステム(刺激-反応系)です。
人間はいろいろエラそうなことを言っているが、基本部分は外からの刺激にただ反応するだけの存在であり、その刺激が快感を与えるならもっと刺激を求めるようになる単純な生き物に過ぎない、とまでは言ってませんが、ボクにはそういう主張のように思えました。
いや、もっと過激に「刺激に振り回されている」存在だと言いたい気分です。
というのは、ボクは猫を飼っているのですが、彼らの気をそらすのは簡単で、何か音のするもの、素早く動くものを持って来ればすぐそちらに注意が向います。人間も似たようなところが大いにある、と思うのです。
例えば、エニアグラムの発案者で神秘主義者のグルジェフは、その著書『ベルゼバブ』(読んだことはありません)の中でこんなことを書いているそうです。
裕福なある人間がある朝目を覚ますと、嫌な夢の記憶で気分が悪い。髪をとこうとすると、ブラシが鏡にあたってヒビが入り、さらに気分が悪くなる。外出してタクシーに乗ると、その運転手の顔が誰かに似ており、 そこから連想が飛んで、すばらしくおいしかったメレンゲを思い出す。お気に入りのカフェに行くと、隣のテーブルに二人のブロンドの女性が座っていて、「彼は私の好みのタイプ」と言っているのが聞こえ、歓喜に打ち震える。帰宅してヒビの入った鏡を見てももうなんともない。 ビジネスの電話をかけると、間違った番号にかけてしまい、相手からひどくののしられると怒りが爆発する。そこへあなたにこびへつらった手紙が届き、それを読むとこの上なく幸せな気分になる……
これが人間の実体であるなら、ボクたちが「自己」と考えそこに「主体性」と「連続性」が存在すると考えるのは、果たしてどれくらい当たっているだろうかと考え込んでしまうでしょう。
仏教の方で「空即是色(くうそくぜしき)」と言いますが、その解説
万物の真の姿は実体がなく空だが、その空は一方的にすべてを否定する虚無ではなく、それがそのままこの世に存在する物の姿でもある(三省堂 新明解四字熟語辞典)
を読むと、上のことを言っているのではないかと思ってしまいます。
グルジェフはこういう存在の仕方から脱却することを「覚醒」と呼び、人間が人間らしく存在するためには覚醒しなくてはならないとして、激しく不規則的な動きをさせる「ワーク」と呼ぶエキササイズを考案し弟子たちにやらせました。おそらく、神秘主義で言うところの至高体験を意図的に起こす方法を求めていたのだと思われます。
意図的に至高体験を起こさせることができるなら、それはコリン・ウイルソンが著書『黒い部屋』で言うように、人為的に天才を作り出すことに等しく、こころ改造そのものです。
ですが、ボクはそんな大それたことを思っているのではなく、ただ思考がもう少し自分の願う方向に向いてくれないか、こころがどこまでも暴走しないようにブレーキがかかるようにできないか、程度のことを実現したいのです。
そして、外からの刺激に弱いことを逆手にとって、こころを制御する道が開けるかもしれないという気がしています。
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