13.スーパー老人たち(2)

続きです。

まだまだたくさんいます!


稲田弘

世界で一番有名なトライアスリートは、ひょっとしたら稲田弘(いなだ・ひろむ)さんかもしれません。

何しろこの人は御年88歳。

それでいて、毎年10月に開催されるあの過酷なハワイの「アイアンマン」レースを7度も完走し、80歳になった2012年には日本人として初めてアイアンマン世界選手権の年代別優勝者(チャンピオン)の名誉を得ています。

2015年はゴール直前で意識もうろうとなって崩れ落ち、制限時間にたったの5秒、足りずに失格となりました。その姿がSNSなどネットを通じて世界中に拡散され、一躍有名人になりました。これがその時の映像で、世界中に配信されました。83歳の時のことです。





その後も快進撃は続き、2016年(84歳)、2018年(86歳)にも年代別世界王者タイトルを獲得。80代で3回の優勝という快挙を成し遂げました。

もちろんギネス認定の最高齢完走記録保持者です。


アイアンマンレースとは、こんなものです。


まず3.8kmを泳ぎ、続いて180.2kmもの長距離を自転車で挑み、最後にフルマラソン42.195kmを走ります。

総距離226kmを自力で駆け抜けるには、文字通り「鉄人」でなければなりません。

ボクのやったのはスイム1.5km、バイク40km、ラン10kmの計51.5kmの「オリンピックスタンダード」でしたから、まったく比較にもならないです。


報道記事によると、彼がトライアスロンを始めたのは70歳の時であり、それまでは普通のサラリーマンだったと書かれています。


普通のサラリーマンが70歳からトライアスロンを始め、要介護状態になってもおかしくない80代でアイアンマンレースを完走するなどということができるのだろうか。


これがボクの疑問でした。

いろいろ調べてみると、やはりそんなイージーな話ではありませんでした。


まず、彼は若い頃からスーパーな人でした。

中学3年生の時には(当時、日本は戦後の復興期)、米軍の監視下で行われた初めての衆議院選挙で、見回りの将校たちの通訳をします。英語ができたんですね。

そして、高校生の時には教育委員会の推薦を得て海外留学の権利を獲得しますが、不運にも船の出帆が取りやめになり、留学は中止になってしまいます。

それでも、彼は進駐軍の子供たちが通うハイスクールに通うことができ(陸上部に所属)、その後父親の死を乗り越えて早稲田に進学して、通訳とコーラス(米兵たちのキャンプ地などで歌った)で学費を稼いで乗り切りました。

実はこの学生時代に彼は山岳部に所属し、登山をしているんです。


卒業してNHKに入り、稲田さんは放送記者として全国各地を渡り歩きます。

その合間にも山登りを続け、100名山のうちの70は登ったそうですが(ボクは60に満たないくらいです)、それもただの登山ではなく、今で言う所のトレランをしていました。

要するに山を走って登ったわけです。

日常生活でも、普通に街中を歩くのが嫌で、常に走っていたというからハンパではありません。

そのうちフルマラソンを始め、時間に余裕ができると市民参加型の大会に積極的に出場するようになったそうです。


NHKを60歳で定年退職すると、自宅近くにできたジムに通って水泳に励み、やがてマスターズにも参加するようになります。

ただスポーツをするだけでなく、このようにしてレースにも飛びこんでいくのが、稲田さんの性格のようです。

そして、67歳の時には全国大会で大会新記録をたくさん作ったそうで、日本記録まであとコンマ何秒のところまで行けたと言いますから、びっくりです。

こうして機は熟し、とうとう誘われて彼はトライアスロンに出る決心をします。

70歳の時です。


実は、その頃彼の奥さんは難病に冒されていて、やがて亡くなってしまいます。

当然そのショックは大きく、しばらくは様子がおかしかったそうですが、その悲しみを振り切るようにして毎年5レースほどトライアスロン大会に出場するようになります。

きっかけは水泳でした。


家内の病気で側を離れられない状態で、だからといって家の中に閉じこもってばかりでは体がおかしくなる。大学時代は山岳部、記者時代は山登りに夢中になっていたので、やはり運動がしたかった。たまたま自宅の向いにスポーツジムができて、退職して3日後に入会しました。そこで水泳を覚えました


そして、『稲毛インター』という名門トライアスロンクラブに入会、次第にエスカレートして行って、とうとうトライアスロンの最高峰アイアンマンレースに10回も参加(うち完走は7回)するようになるわけですが、以上のような経歴を見ると、昔からスーパーマンだったことがわかります。


若い頃のスーパーマンが現在のスーパーシニア稲田弘さんになったんだ。


というわけで、本当に文字どおり普通のサラリーマンだったボクたちがいくら頑張っても、80歳でアイアンマンレースなんかに出られるわけがない・・・ということがわかりました。

妙に納得です(笑)。

でも、一方では、努力次第で自分の想像もしていなかった高みに達することが、人間には可能なんだということもわかりました。

誰にでも、その人にとってのアイアンマンレースというものがあるのではないかなあ・・・。


昨年、自主練習中に足を痛め、これまでと違うやり方を模索する毎日だそうですが、こんな味わい深い言葉をつぶやいています。


最近は1日1日で体力も筋肉も落ちてくるのがわかります。これは人間の宿命です。それをいかに食い止めるか。それが日常生活の中で自分に課しているテーマです。そういう意味では、今はもっと体が楽にできる方法を追求するとき。そういう時間を与えてくれたコロナにむしろ感謝しています。


練習がとにかく楽しいです。毎日いろんなことを試して、今まで使わなかった筋肉を意識して使ってみる。そうすることでものすごい効果を感じることがある。昨日より今日がいいなと、毎日が発見です。それが本当に嬉しくて、『俺は今生きてるー!』って叫ぶときもあるんですよ(笑)。この年になってもできるということが嬉しくてたまらない。

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