12.スーパー老人たち(1)

世の高齢者の中には、常識を超えた活力の持ち主がたくさんいます。 

ボクは彼らスーパー老人のパワーの秘密を探りたいと思い、まずは調べてみることにしました(敬称略)。 

いやー、すごい。すご過ぎます。


三浦敬三(1904~2006)と三浦雄一郎 (1932~)


三浦さん親子は日本のスキー界を代表するチャレンジャーです。

父の敬三さんは99歳でフランス・モンブラン山系のヴァレブランシュ氷河を、100歳でスノーバード(アメリカ)を滑降しました。 

息子の雄一郎さんは、70歳、75歳、80歳の3回、世界最高峰のエベレストに登頂し、人間の限界を大きく押し広げました。 


二人に共通しているのは、目標を高くかかげて、それを実現するためにトレーニング(運動)を欠かさないことと、食事に気を使い栄養面が充実していることです。 

学生時代からのスポーツマンだった敬三さんは毎日3、4時間トレーニングし、魚や鶏を圧力釜で骨ごと炊いて食べていたそうです(高タンパク・カルシウム)。そのせいか、100歳の時点で下半身の骨密度は50代という測定値を得ています。「特性ドリンク」と称して、牛乳とヨーグルト、酢卵、黒ゴマ、きな粉を混ぜたものを20年以上飲み続けていたのは有名です(高タンパク・メガビタミン)。


プロスキーヤーの雄一郎さんも重いザックをしょって足首におもりを巻きつけて歩き、体重を気にして好きなものを腹一杯食べないようでは力が出せないと、常々言っているそうです。 


また、敬三さんは何か悩んだり、くよくよしたりすることはあまりないと述べており、結果的に活性酸素の敵であるストレスを排除できていたようです。

どこかおおらかで、高齢になっても心の底から好きなことがあることが、このようなライフスタイルの原動力になっているのでしょうね。 


日野原重明(1911~2017)


聖路加国際病院理事長・同名誉院長を務め現役の医師として106歳まで生きた日野原さんのライフスタイルは特異で、1日に16時間は働き、睡眠は平均5時間、1年のうち3分の1以上は国内の出張に費やし、外国での講演や調査は、トータルすれば一ケ月を越えるそうです。原稿書きで徹夜もすることもあるようですが、若い人でもなかなか真似できない生活といってよいでしょう。


日野原さんの活力の秘密は、低カロリー(一日1300kcal)の食生活、栄養面での細かい気配り(牛乳と植物油)、深呼吸と適度な運動といった、一見すると当たり前の健康生活にあると単純に考えるのは危険です。彼自身は腹七分などと言っていますが、これを見てただ少食にすればよいと思ってはなりません。


日野原さんは自分の基礎代謝量から行動パターンを細かく計算して1300カロリーという数値を導き出しました。また、この制限内で朝は果物ジュースとオリーブオイル(酸化されにくい性質の植物油)と牛乳、それにレシチン(筋肉の微細構造を守り、中性脂肪を分解し、神経伝達物質アセチルコリンの補給源となる脂質)のサプリメントを、昼は牛乳とクッキーを、夜はステーキに野菜、味噌汁、ご飯半膳をいただいています。高齢であることを考慮すると、思った以上に高タンパク、メガビタミン・ミネラルの食生活です!


軽度の運動として階段の二段上がりや速歩を実行し、深呼吸も意識して行っていましたが、睡眠時間が短いのも、寝られないと焦ることがストレスの原因になるのを避けるために起きていたのだそうで、これはこれで一種の活性酸素対策になっていたのでしょう。

やっぱりよく考えておられたんですね。


面白いのは年寄り顔にならないよう、顔の筋肉を鍛えると言う一種のアンチエイジング(顔トレ)を実践していたことで、ちょっとお茶目ですね。また、詩作をし、ピアノがお上手なことから分かるように豊かな精神生活を送られました。


さらに、よど号のハイジャック(1970)に遭遇した危機体験は、現役医師であることと共に、一個の人間としてのアイデンティティを強化し、日野原さんの積極的な人生を演出したと思われます。 


野上弥生子(1885~1985)


誰でも長生きしたいと考えるし、また、生きている間は元気でいたいと願うでしょうが、この二つの願望を完璧な形で実現したのが、作家の野上弥生子さんです。 


野上さんは1885年に生まれ、1985年に亡くなられました。

満百歳です。

また、死の二日前まで現役の作家として、遺作となった長編小説「森」の最終章を推敲していたと言われています。

これは世界にも例を見ない、文学史上希有の例といってよいでしょう。

最後に体調を崩されたとき、かけつけたご家族や医者、看護婦さんに向かって「お世話になります」と挨拶され、「◯◯さんにお酒三本送ったか」などと尋ねてから眠りにつき、翌朝大往生されました。

本当にどこからどこまで理想的です。


野上さんは大分県の醸造業を営む裕福な家に生まれ、生涯生活の苦労を知らず、ストレスフリーに生きた人です。ボクはこれが彼女の元気の最大の理由だったと考えています。

戦時中でさえ、庶民とは隔絶した優雅な食卓を維持していたことも知られています。

彼女がなぜこんなに長寿で最後まで元気だったのか、その食生活や養生について書かれたものはほとんどありませんが、少なくともその一生を通じて食べるに事欠くような暮らしではなかったことから、栄養は十分摂れていたと想像されます。


1967年(82歳の時)には東大病院の人間ドック(当時はまだ珍しかった)に入っています。VIP待遇で長期滞在しての検査結果は、腎臓がいくらか衰えていることと、肝臓に「眠った石」と呼ばれる問題のない結石があるだけで、健康体という診断でした。


70歳を過ぎて京大教授の哲学者、田辺元と恋愛したり、白州正子には及ばないとしても、能に対して深い理解を示したり、感性豊かな野上さんの生き方も、その健康に大きく寄与していたに違いありません。


最晩年の暮らしぶりは次のようなものでした。


朝食代わりに菓子をつまみ、大振りの茶碗で抹茶を飲む。ときには、朝食後に邸内の宏大な森(!)を巡ったり、離室から裏門を出て外を歩いたりもしている(運動)。一日の執筆ノルマは原稿用紙(200字)二枚で、これを午前中に仕上げると、正午にはトーストとミルクの昼食をとり、それから恒例となっている2時間の午睡に入る。午後5時半になると、材料を工夫して自分で夕食を作る(とあるが、手伝いの女性がいたらしい)。


そして、案外知られていないことですが、野上さんは三石厳さんの高タンパクサプリメント(メグビー社製)を愛用していました。

これ、ボクも愛用しているプロテインで、「メグビー・プロ」と言いますが、彼女の驚くべき生命力の一端は、このサプリメントが預かって力あったもののようです。 


三石 厳(1901~1997)


三石 厳さんは、1925年に東京大学の物理学科を卒業した物理学者です。

当時の東大物理出身者といえば、文句なしの秀才といえるでしょう。

その三石さんがスーパー老人と言えるのは、生涯に300冊を超える著書をものした事実もさることながら、なんと還暦を過ぎてから栄養学を根本的に見直し、世界に先駆けて「分子栄養学」を創設し自身の身を以てその有効性を実証したことにあります。


また、80歳でサプリメント(三石さんはこれをペットフードならぬ「ヒトフード」と呼んでいます)を製造販売するメグビー社を設立・経営するなど、単なる理論家ではなく実践的な科学者でもありました。

さらに、自宅に自作のパイプオルガン(!)を設置し、バイオリンやピアを弾くなどの音楽愛好家でもありました。





彼は95歳でスキー中にひいた風邪がもとでなくなりましたが、渡部昇一さんをして「三石さんの話はすべて正しいと思う」と言わしめたほどの徹底した科学的アプローチを栄養学に持ち込みました。


95歳まで現役であったということ自体がきわめてまれなことですが、驚くべきは三石さんは鉛公害の犠牲者で、それが原因で重度の糖尿病にかかり死ぬまでインスリン注射を続けていたという事実です。

ふつう、糖尿病になると寿命が十年縮むと言われていますから、それを勘定に入れると三石さんは105歳まで生きたとも考えられます。


ボクのからだ改造では、毎朝人参などの野菜ジュースを飲むことを勧めています。 これは人参によってからだが温まるだけでなく、タンパク質が分解して糖になる「糖新生」を抑制する効果もあります。

三石さんも「目がさめたらすぐに甘い物、ジュースなどを摂るように」と述べていますが、彼自身は糖尿病なのでそれが出来ず、大変残念がっていたそうです。 糖尿病であるということは、大変なハンディキャップなのです。


三石さんの生涯現役を支えたのは、高タンパク食、メガビタミン、スカベンジャー(活性酸素除去物質)の摂取という栄養面だけでなく、筋トレを中心にした運動もその一因です。

92歳のときの三石さんの運動メニューが残されていますが、それによるとほぼ毎日次のような運動をされていたそうです。これ、相当すごいと思います。


・クライマーという昇降器具:60段×10回

・エアロバイク:1.5km

・室内ボート運動具:腹筋(7秒×5回)とオール引き(5回)

・風呂の中での運動:開脚運動(7秒×3回)閉脚運動(7秒×3回)首曲げ(左右各7秒×5回、前後各7秒×3回)

・ブルワーカー:5種目(各7秒×3回)

・ダンベル:手にもって身体を捻転(左右に10回)手の回転(左右各10回)

・背筋:7秒×3回

・ストレッチ:アキレス腱(60回)膝(左右各30回)

・変形スクワット:片足ずつ左右各30回

・前屈:20回

・ジャンプ:60回

・腕立て伏せ:50回

・ベッド体操:身体を左右にゆらす(30回)

・真向法

・手のマッサージ:指を主体に腕の曲げ伸ばしも

・足のマッサージ:膝中心に左右数回ずつ、足先、足指も


その他、プロのマッサージ師にときどきマッサージしてもらっていたようですし、80代までは石垣島へ出かけて泳いでいたそうです。

スキーも含め、なかなかのスポーツマンであったと言えるでしょう。


栄養と運動の他に、彼の会社の関係者や大学の教え子を中心とした「勉強会」と原稿の執筆と講演が三石さんの生活を構成していました。

そして、何と言っても彼の真骨頂を示すのは、ユーモアにあふれた警句でしょう。


・どうぞお先に(=先に死にたければどうぞお好きに)

・「栄養のバランス」なんて詭弁(きべん)だ

・「気功」なんてものにひっかかる頭の持ち主に、健康を語る資格はない

・たのしみと生きがいをごっちゃにしてはいけない


いいですねー!



塩谷信男(1902~2008)


もう亡くなられましたが、塩谷信男さんという医学博士がおられました。1902年(明治35年)に山形県に生まれ、東京大学医学部を卒業したお医者さんです。東京渋谷に内科医院を開設しましたが、84歳のときに閉院し、それ以降はゴルフと講演の人生でした。

塩谷さんは何冊も著書を出されていますが、非常な粗食であるにもかかわらず106歳(マイナス10日)まで生きました。残念なことに100歳のとき怪我(脳梗塞で倒れられ、その際左大腿骨を骨折)をしてゴルフが出来なくなり、以来、徐々に弱っていかれたのだそうです。


塩谷さんはなぜそのように長命だったのでしょうか。 

100歳まで生きる人は、普通人とは遺伝子が異なる「長寿ミュータント」であると言われています。塩谷さんが長寿ミュータントであったのは間違いないわけですが、とくに高タンパク食でもなければサプリメントを欠かさないわけでもない塩谷さんには秘密がありました。それが正心調息法という呼吸法です。 


塩谷さんの説では、人間の肺は6,000ccまで吸えるようになっているそうで、正心調息法で肺を鍛えた結果、彼の健康長寿が実現したというのはどうも真実のようです。意識して肺一杯まで空気を取り入れる呼吸法が完全な健康には不可欠であるという事実がここにあります。

その方法は、彼の著書「不老力」などに詳しく書かれていますが、要約すると次のようになります。 


1)臍下丹田の場所を知る(へそから7cm下) 

2)鼻から大きく息を吸い込む 

3)そのまま臍下丹田に力を込め、そこに息を押し込む 

4)数秒から10秒間息を止める

5)鼻から静かに息を吐き出す 

6)息を吐き切る 

7)ふつうの小さな呼吸を一回行う 

8)上記を25回繰り返す 

9)最後に、臍下丹田に力を込めたまま、静かに10回呼吸する 

10)呼吸するたびに、自分の体内にエネルギーが充満し、細胞が元気になるとイメージする 


ところで、塩谷さんは大量の酸素をからだの隅々にまで届けることが健康の基本であると言っていますが、一方で、酸素は体内で活性酸素に化け、これが病気や老化の原因であるとされています。そのため、活性酸素を怖がる人たちは呼吸の話題を避け、運動をあまり勧めない傾向があるようにみえます。本当はどちらが正しいのでしょうか? 

事実は塩谷さんの方であることを示しています。その理由を述べると、 

・活性酸素は主としてミトコンドリアでエネルギーを生産するときに発生しますが、大量に発生するのは血流が止まって酸素が不足(虚血)した後で血流が再開(再灌流)しどっと酸素が供給されたときであることが分かっています。酸素がいつも十分供給されていれば、このようなことはほとんど起こりません。 

・運動を定期的に行うと、当初は活性酸素による酸化傷害がわずかに増えますが、それが引き金となって体内の抗酸化系が活性化し、ミトコンドリアも活性酸素の産出が少ない高効率なもの(スーパーミトコンドリア)に変わるので、結局活性酸素に強いからだになるのだそうです。


塩谷さんの食事の内容についてはあまり公開されていませんが、粗食、つまり低カロリー食であったのは間違いないようです。

最近、カロリー制限をすると、いろいろな経緯を経てミトコンドリアが活性化され、寿命が延びるらしいことが分かってきました。

人体にはもともと効率の悪いエネルギー生産系である「解糖系」と、高効率のミトコンドリアによる「電子伝達系」とが併存していますが、栄養が足りなくなるとミトコンドリアを元気にして「電子伝達系」をフル回転させることで栄養不足を補おうとし、結果的にエネルギー生産が高まって長寿に至るということのようです。塩谷さんにもこれが起こったと思われます。

もちろん、いくら粗食と言っても必須栄養素が不足していてはだめですから、タンパク質などはしっかり摂取されていたことでしょう。

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